私が開業した理由


こんにちは

こんにちは、平川 尚宏(ひらかわ なおひろ)です。

 

こちらの文章は、私の体験談を元に皆様の健康に何か一つでも参考にして頂けければと思い書かせて頂きます。

 

普段から照れ屋な私でなかなか自分自身の事をこの様に紹介していくのは恥ずかしいのですが一人でも多くの方と出会いそして、自分自身の身体に関心を持って健康になって頂きたいという思いで書かせて頂きます。

 

文章を書くのもそんなに得意ではありません。でも、包み隠さず今までの体験をもとにお伝えしていきます。


小さな時から照れ屋で兄の後ろに隠れて遊んでいた頃

私は、両親と兄と私、そして、隣の家に住む父の両親 6人家族で宮崎県都城市で育ちました。

 

一般の家庭と変わっているのが父が空手家だという事でした。

 

実家は、移住スペースよりも空手の稽古生が練習を行う道場の方が大きくいつもいろいろな人が集まる賑やかな家でした。

 

兄とは年子だったので兄弟というよりは、双子のような存在で良く遊び、良くケンカもして遊びました。

 

4月生まれの兄は、身体も大きく勉強も良くでき年子だったせいか良く周りの大人たちから兄と比べられる事が多かったと思います。

 

私はというと勉強は普通で体力もそこそこでしたが、生真面目な兄とは正反対に照れ屋ですが陽気で良く周りの大人たちが笑わよせようとふるまっていました。

 

学校でも少し変わり者として友達から人目置かれていて、私自身もどうやったら友達が喜んでもらえるか?笑ってもらえるか?をいつも研究していたのを覚えています。

その反面、意外と友達から言われる事に敏感で、良く友達から発せられるちょっとした一言に傷つく事もありました。

2歳から空手を始める。


中学生時代に体験した家庭の変化。                   病気の家族と向き合うという事

中学生にもなると誰でも反抗期というのがあります。もちろん私も例外ではありませんでした。

 

ただ私が一般的な家庭と違うのは父が空手の先生だという事。まったく反発が出来ませんでした。(笑)

 

その代り70歳を超える祖父とはよく口げんかをしていた事があります。それは、自分の感情的なものではなく。祖母を助ける為だったからです。

 

私の祖母は、若年性のアルツハイマーを患っていました。今ではこの病気は進行を遅らせる様ないい薬があるのですが今から20年以上も前にはありませんでした。


祖父祖母共に私たち家族の隣で暮らしていたもの夕食の時には、食卓を囲み一緒にご飯を食べます。

 

祖父は、大正生まれで元軍人。気性が荒くアルツハイマーという病気に理解が乏しく、良く祖母の物忘れを責めひどい言葉を投げかけていました。


普通の家庭は一家団欒で楽しく会話をしているかもしれませんが祖父が発する祖母への悲しい言葉で殺伐とした空気の中食事をする事が耐え切れず良く私は、祖父といい争いをしてしまいました。

数カ月経つと介護の為に祖母が私の家に住むようになります。さらに、アルツハイマーの進行が進んでき妄想といった幻覚が見え始め性格も荒くなってきます。

 

そうなるにしたがって祖父と祖母のケンカの回数も増えます。こういった空気の中で中学生だった私は、次第に「なぜ、こんな病気になってこんな状況になってしまったのか?」と疑問に思いはじめ祖母に対しても言い争いをしてしまう事になります。

 

 

今思うとこれは僕の心の悲鳴だったのかもしれません。

 

宮崎のおばあちゃんと沖縄のおばあちゃん


痴呆の祖母が身を持って教えてくれた事。「人の心を癒したい」私の整体の原点。

 

殺伐とした空気の中で毎日を送っていました。しかし、ある日の夜、私の窮屈だった心がスッと楽になり苦しさが消えた事がありました。


いつもの夜、11時ごろ私の家の一つの部屋で寝ていた祖母が急に起きだし声を荒げて私に話しかけてきました。

「ここは私の家じゃない!」「家に帰らせてくれ!」「食事も3日間食べてない食べさせろ!」

 

そう怒鳴りながら私に向かってきます。

もちろんこれは、アルツハイマーの症状の一つで妄想や幻覚から来る事です。

 

中学生だった私は、いつもの事でしかも夜中に理不尽に怒鳴ってくる祖母にいらだち声を荒げます。いつもの口げんかが始まります。

ただ、この時ふと思ったのです。

 

祖母も怒鳴りたくて怒鳴っているわけじゃない。妄想からくる何とも言えない不安。孤独感。そういった恐怖から身を守る為に必死になって訴えているのではないか?

 

 

そう思って祖母のその恐怖からくる言葉の一切を数分間「うん うん そうだね。」と相槌を打ち聞き入れました。

 

そうするとどうしたものか。 祖母の口調が次第に優しくなり荒げていた声が静まっていきました。

 

今までは、相手の怒鳴り声に私も反応して怒鳴ってしまいお互いが反発しあったいたのがウソの様でした。

この時の気づきは「自分の態度で相手も変わる。自分を映す鏡が相手でありその逆でもある」という事でした。

 

この日の夜を境にして私と祖母の関係が良くなりました。

私の整体の原点は、「人の話を聞き受ける」という事です。

 

どんなに痛みがある方でも、その痛みで感情が高ぶっていても笑顔で迎えてあげる事を大切にしています。


日本中を歩いて回り感じた事と本格的な整体との出会い。

もちろん、中学生の時に整体をしていたわけではありません。高校時代の部活がラグビー部だった事もあり先輩にいつもマッサージをさせられていましたが(笑)

本格的に整体を学なび始めたのは、20代はじめの時でした。

父の友人で福岡のえびす姿勢療院で毎日数十名を施術する村上先生と村上先生の2人の息子さんとの出会いです。そこで1年ほど整体を勉強しました。

 

なぜ、整体を学ぼうかと思い始めたのには、わけがあります。私は、2年間日本を旅行する旅をしていた事がありました。

2年かけて沖縄から北海道まで日本という国を見て回りたいという好奇心があったからです。

旅の途中若い私を見ては声をかけてくれるすべての人は、私に対してみんな親切でした。道を歩いていると声をかけて車に乗せてくれる人。うちの泊まっていいよと言ってくれた北海道のトマト農園の方。名も知らないどこの者かもわからない青年に声をかけてくれるその優しさにいつも感謝で頭が上がりませんでした。

その人から頂く気持ちのお礼としてどこでもお礼ができる「整体」を学ぼうと思いました。

 

福岡で修業重ねて、その次は台湾に留学する事になりました。そこでも台湾の台中で大学に通いながらある師のもとで推拿療法を学びます。

 


 

台湾での留学生時代 同級生との交流会



大阪での師との出会い 大阪に来たキッカケ

台湾から帰ってきて整体の仕事をしようと考えた時。自分には、まだまだ基礎的な知識が足りないのではと思い始めます。
海外に2年いたので日本に帰ってきてすぐに自分で整体を仕事にできるのかと戸惑いがありました。

どうせなら、健康関係の仕事が盛んな都会で勉強して自分の腕試しがしたいと思うようになりました。
当時インターネットを見て検索すると大阪に整骨院を数十軒開業して腕に自信のあるK先生という方の存在を知ります。

そしてもお会いしてその技術を学びたいそして、大阪で自分の腕試しがしたいと思いリュックサック一つで大阪にやってきました。

 

大阪に来てその当時K先生が学院長を務める全国有数の整体学校にて学び始めます。

 

ここの学院では多くの事を学びました

1、身体の設計図である解剖学を基礎から学び

2、痛みが取れる整体法を学び

3、スポーツの後に筋肉の緊張を取り除くスポーツマッサージ

4、二人で行うパートナーストレッチの技術

 

今でも医療従事者、外科医、内科医、理学療法士の先生方へ整体での施術や機能改善の運動療法を納得して受けて頂けるのも

このような基礎的な知識を元に経験を積み重ねてこれたお蔭だと感謝しています。

在学中多くの事を学びそのままこの学院の直営店にて勤務を始める事になります。

2年間の在籍中、施術や接客を経験し副店長、店長をさせて頂きそして、整骨院関係方々向けのセミナー主催なども行う事ができました。

 

大阪の整体学校生徒時代


小さな疑問と独立開業してスポーツトレーナになる。

2年間の修業期間に多くの方との出会いがあり、そして他ではできない経験をさせて頂きました。

しかし、退職を考える事になります。

 

それは、こんな小さな疑問からの始まりでした。

直営店で施術をしてきていた時の事です。自分のありとあらゆる技術も持って施術をしても1週間や2週間するとまた戻ってきてしまうお客様(患者さん)がいる。

自分の技術が悪いのか。そう落ち込んでまた勉強やセミナーに参加する。

そして、新しい技術で施術をするのですが良くなる人もいますが、又かえってきてします。

 

段々と何が良くて悪いのかわからなくなってしまいました。

ふと、あるスポーツ施設でトレーナーをしていた同世代の知人に色々と相談をしていくとわかった事がありました。

 

それは、そのお客様(患者さん)の依存心が芽生えてきてします。ここに来たらなおるからと日常生活で無理をしてしまうのではないかという事です。

ビジネス的には依存してもらい戻ってきてもらう方が良いという方がいますが私は、それは納得できません。

「自分の身体は自分で守るもの」

一時的な依存する事(頼る事)は良いと思うのですが、それが長期間続くとその人の考え方や行動が自発的でなくなってしまい本当の意味での身体の改善にはたどり着けないと考えています。

 

依存心ではなく自立心(自律心)

 

それには、人からしてもらうの整体ではなくて、自発的に行う体操やストレッチなどおススメして生活の中に取り入れてほしい。

そういう思いが日々強くなりました。

 

そこで整体もでき運動や体操を指導できるスポーツトレーナーになりたいと思うようになりました。

 

 

イマージンインストラクターさんとの研修


スポーツトレーナーと店舗を持つことに

現在、整体とヨガ、グループレッスンを行える店舗づくりをしています。

痛みに不安を抱えてる方が整体で痛みを取り除いて頂きそして、その痛みが二度と出ないように予防という形で

ヨガやグループレッスンに参加して頂きたいと考えています。

 

さて、ご覧の方に質問です。体の痛みとはどの様に出てくるのでしょうか?

 

 

大きく分けるだいたいこの様にわけることができると思います。

 

■先天的に持つ疾患から出てくるもの

 

■外傷と呼ばれるぶつけたりスポーツで足をぐねったりするもの。

 

■自分自身の生活習慣で身体の歪みや筋肉の張りからくるもの

 

 

この様に分けると上の2つは整形外科や病院で原因をみつけて治すしかないものだととらえています。

 

 

ただ、逆の良い方をすると病院に行ってもなんで痛いかわからない。診断ができないもの。などは、最後の3つ目に入ることが多いので整体の技術でその痛みを取り除くことができます。

 

 

簡単にいうと「病院で治らない(わからない)痛みは整体で取れる事が多い」という事ができます。

 

さらに、整体の考え方で取れるという事は、ご自分でのストレッチなどの指導を受ければ自分自身でもその痛みを取る事が出来ます。


是こそが自分の身体を自分で見る事ができる。という自立心(自律心)の考え方だと思い指導しています。

 

ただ、ご自分でするストレッチが分からないややる気がなかなか起きないという方為に当整体サロンでは、ヨガやグループレッスンの時間を作り楽しく指導しています。

 

 

この様に整体の技術とスポーツトレーナーの運動を指導する技術を掛け合わせて予防という観点からどうしたら皆さんが健康に近づけるのかと考えて当サロンの開業をいたしました。

 

 

台湾での高齢者施設での運動指導